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- 下垂体腫瘍に対する経鼻的内視鏡手術
従来の顕微鏡下手術と比較した神経内視鏡手術の利点
下垂体腺腫に対する治療としては、第一に手術があります。下垂体腺腫に対する手術は、従来、口腔内の粘膜を切開し、鼻腔に入る口唇下到達法(sublabial approach)が主流でした。
しかしながら、これら の方法は、口腔から鼻腔にかけて広い範囲の粘膜剥離を必要としました。下垂体腫瘍に対する手術では、通常の脳神経外科手術で用いられる手術用顕微鏡を用いている施設もありますが、内視鏡に比べると得られる視野が狭く、また、トルコ鞍の外側や上方等に進展している腫瘍を直視下に摘出する事が困難であるといった欠点を有しておりました。こうした欠点を克服し、治療に伴う体の負担を軽減するために開発されたのが、この経鼻的内視鏡手術です。
下垂体腫瘍に対する神経内視鏡手術
当科では、1998年より、神経内視鏡による鼻腔からの手術を行っています。神経内視鏡を使う事で側方や上方へ伸展した腫瘍にも、安全にアプローチが可能となりました。
内視鏡による下垂体腺腫の手術では、鼻中隔を鼻腔の奥で一部分だけ切開・剥離することで手術が可能であるため、手術時間が短く、術後の患者の身体への負担も少なく抑えられます。 内視鏡は、その名の通り、体の内部で視野を確保するため、入り口を大きく開く必要が無く、しかも手術を安全に行うのに充分な視野が得られます。術後、鼻腔内へのガーゼの挿入は、最小限であるため、呼吸困難を訴えることはほとんどなく、口腔内の違和感等は一切ありません。通常は手術の翌日から食事も可能です。
手術の治療成績のみで比較した場合には、下垂体部に限局している腫瘍に対しては、従来の顕微鏡を用いた手術でも、さほど成績に差はありません。しかしながら、腫瘍が下垂体の左右や上方へ進展している場合に、周辺の組織や圧排されている正常下垂体組織の不必要な損傷を避け、直視下で安全に腫瘍を摘出するためには、神経内視鏡は必須です。
手術の手順
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1. 手術前の処置としては鼻毛の除去を前日 に行います。全身麻酔下に鼻腔を消毒し、内視鏡を鼻から挿入して、鼻腔内の構造を確認します。鼻中隔の粘膜を鼻腔の奥で2cm程度垂直に切開します。
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2. 内視鏡を鼻粘膜下に挿入し、蝶形骨洞といわれる副鼻腔の入り口を開放します。これにより下垂体が存在するトルコ鞍と呼ばれる部分が内視鏡下に確認できます。
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3. トルコ鞍の底を開放し、内部の腫瘍を専用の器具を用いて除去します。この際、腫瘍がトルコ鞍の上方や外側に伸展している場合には、先端が30度や70度の角度を向いている内視鏡を使って、直視下に腫瘍の摘出を行います。
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4. 腹部から少量の脂肪を採取し、腫瘍の摘出後の部分に入れます。また、蝶形骨洞の骨を用いて、トルコ鞍の底にふたをするように形成します。一側の鼻腔のみの手術なので、手術の後は、口腔内の違和感などもありません。
術中ナビゲーションシステム
神経内視鏡と並び、近年の下垂体腺腫の手術での技術進歩に術中ナビゲーションシステムがあります。これは、人工衛星からの情報で自らが地図上のどこにいるかを把握するGPIシステムを医療に応用した機械です。丁度、最近の自動車に搭載されているカーナビと同じ原理です。手術で操作している部分が、損傷すると危険な構造物に近づいていないかどうか、real timeにおしえてくれる機械です。
比較的大きな下垂体腺腫の治療を行う場合に、腫瘍が下垂体周辺に存在する内頸動脈等の太い動脈を巻き込んでいる場合があり、術中にこれらの位置を把握することが非常に重要となります。しかも,“腫瘍が現時点でどのくらい摘出されているか、残存腫瘍はないか”など、手術機具の先がCTやMRIなどの画像上でどこにあるのかを正確に示します。ナビゲーションシステムの導入により、術中に予想外に動脈を損傷したりする危険性は少なくなります。
手術の合併症
一般に報告のある合併症としては、以下のものあり得ます。
- 術後出血
- 髄液漏
- 感染
- 下垂体機能低下
- 尿崩症
術後出血は、意識障害や視力の著しい悪化などの重篤な症状を呈する可能性のある合併症です。内視鏡手術では術中に直視下で止血確認が可能であるため、術後出血が起こる可能性は極めて稀です。
又、髄液漏、感染については3%未満の方で起こりえますが、重度の後遺症を伴うまでに至る事はほとんどありません。これらが発生した場合には、治療のために入院期間を数週間延長し、抗生物質の投与を行いつつ経過観察する必要があります。
又、下垂体機能低下や尿崩症は、比較的大きな腫瘍や性状が硬く、周辺との癒着が強い場合に起こり得ます。これらについては、手術の後、退院後もしばらく内服や点鼻薬による治療を継続する必要があります。通常、下垂体手術後に発生した尿崩症は一過性で、次第にホルモンが再び分泌されるようになり、多尿が改善することが多いです。